事業承継税制の徹底解説:後継者が知るべき要件、手続き、メリット・デメリット
事業承継は、中小企業にとって避けて通れない重要な経営課題の一つです。その中でも、後継者が円滑に事業を引き継ぐ上で、税金の問題は非常に大きな壁となることがあります。特に、自社株式の移転に伴う贈与税や相続税の負担は、承継を阻む要因となりかねません。
このような状況を解決するために設けられたのが「事業承継税制」です。この制度を適切に活用することで、後継者は多額の納税資金に悩まされることなく、事業に集中できる環境を整えることが可能になります。本記事では、事業承継税制の概要、適用要件、手続き、そしてそのメリット・デメリットについて、次期後継者候補の皆様が実務で役立てられるよう、具体的な情報を提供いたします。
事業承継税制とは
事業承継税制は、中小企業の非上場株式等にかかる相続税・贈与税の納税を猶予し、最終的には免除する制度です。これにより、後継者は多額の税金を支払うことなく自社株式を承継し、事業の継続・発展に注力できるようになります。この制度には「一般措置」と、より要件が緩和された「特例措置」があります。
適用要件:会社、先代経営者、後継者
事業承継税制の適用を受けるためには、会社、先代経営者、後継者のそれぞれが特定の要件を満たす必要があります。これらの要件は複雑であり、事前の綿密な確認が不可欠です。
1. 会社側の要件
- 中小企業者であること: 中小企業基本法に定める中小企業者に該当することが求められます。
- 非上場会社であること: 金融商品取引所に上場している会社でないこと。
- 資産管理会社等に該当しないこと: 特定の事業を行わず、資産を保有・管理することを主目的とする会社は対象外です。
- 開業から一定期間が経過していること: 原則として、贈与または相続の日から3年以上事業を継続している必要があります。
2. 先代経営者(贈与者・被相続人)側の要件
- 会社の代表者であったこと: 贈与または相続の直前まで代表権を有していたこと。
- 筆頭株主であったこと: 一定の期間において、会社の議決権の過半数を有し、かつ、その中で最も多くの議決権を保有していたこと。
- 役員を退任していること: 贈与または相続によって事業承継を行う場合、先代経営者は原則として役員を退任している必要があります。
3. 後継者(受贈者・相続人)側の要件
- 親族であること: 先代経営者の親族(配偶者、直系血族、兄弟姉妹など)であることが一般的です。ただし、特例措置では親族以外の者も対象となり得ます。
- 贈与・相続後に会社の代表者となること: 承継後すぐに会社の代表取締役に就任し、その職を維持する必要があります。
- 議決権の過半数を承継すること: 贈与または相続によって、先代経営者から承継する株式と合わせて、会社の議決権の過半数を取得し、その中で最も多くの議決権を保有すること。
- 雇用を維持すること: 承継後5年間、平均8割以上の従業員を維持する必要があります。
特例措置と一般措置の違い
事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」の2種類があります。特例措置は2018年度の税制改正で創設され、一般措置よりも適用要件が緩和され、より多くの企業が利用しやすくなっています。
特例措置の主な特徴
- 納税猶予割合の拡大: 贈与税・相続税ともに100%の納税が猶予されます(一般措置は相続税80%、贈与税100%)。
- 対象株式の拡大: 後継者が複数いる場合でも、それぞれが受ける贈与・相続にかかる全株式が対象となります。
- 雇用要件の緩和: 承継後5年間の雇用維持要件が、一般措置の「8割維持」に対して、「総雇用の8割を維持できなかった場合でも、正当な理由があれば、税務署長の認定を受けることで納税猶予を継続できる」という形に緩和されています。
- 対象となる後継者の拡大: 親族外の後継者も対象となり得ます。
特例措置は2027年12月31日までの時限措置であり、この期間内に都道府県に「特例承継計画」を提出し、認定を受ける必要があります。
手続きの流れと必要な書類
事業承継税制の適用を受けるためには、複雑な手続きと多くの書類提出が求められます。
1. 事前準備・計画
- 特例承継計画の策定・提出(特例措置の場合): 都道府県庁へ提出し、認定を受けます。
- 税理士など専門家との相談: 適用要件の確認、必要書類の準備、税額シミュレーションなどを専門家とともに行います。
2. 贈与・相続発生時
- 納税猶予の適用申請: 贈与税・相続税の申告期限までに、税務署へ納税猶予の適用を申請します。
- 担保の提供: 納税猶予を受ける税額に見合う担保(承継した株式など)を提供する必要があります。
3. 継続届出
- 継続届出書の提出: 納税猶予期間中(原則として5年間)、毎年税務署へ「継続届出書」を提出し、適用要件を満たし続けていることを報告します。特に雇用要件や事業継続の状況は厳しくチェックされます。
4. 納税猶予の免除
- 免除申請: 猶予期間満了後、要件を満たしていることが確認されれば、納税猶予税額の免除を申請することができます。先代経営者、後継者のどちらかが死亡した場合なども、納税が免除されるケースがあります。
事業承継税制のメリット・デメリット
制度を活用するにあたり、そのメリットとデメリットを理解し、自社の状況に照らし合わせて慎重に検討することが重要です。
メリット
- 納税負担の大幅な軽減: 多額の贈与税・相続税が猶予・免除されるため、後継者は納税資金の準備に追われることなく、事業の成長や投資に資金を回すことが可能になります。
- 円滑な事業承継の促進: 税金が原因で事業承継が滞ることを防ぎ、後継者が安心して事業を引き継ぐことができる環境を整備します。
- 雇用維持・事業継続へのインセンティブ: 制度の適用要件には雇用維持や事業継続が含まれるため、企業の持続的な発展が促されます。
デメリット・注意点
- 要件の複雑性と厳格性: 適用要件が非常に多く、一つでも満たせなくなると納税猶予が打ち切られ、一括で納税を求められる可能性があります。特に雇用維持要件は、経営状況によっては大きな負担となる場合があります。
- 継続的な報告義務: 納税猶予期間中は、毎年継続届出書を提出し、税務署の確認を受ける必要があります。
- 株価下落時のリスク: 承継後に株価が大幅に下落した場合でも、納税猶予額は承継時の株価で計算されるため、実質的な負担が重くなる可能性があります。
- 他の税制との比較検討: 事業承継税制は万能ではありません。自社の状況によっては、暦年贈与や相続時精算課税制度など、他の方法が有利になるケースもあります。必ず専門家と相談し、最適な承継方法を選択してください。
- 専門家との連携が不可欠: 制度の複雑さから、税理士、弁護士、中小企業診断士など、複数の専門家との連携なしに適用を進めることは極めて困難です。
成功事例(架空ケーススタディ)
A社は従業員数30名の中小製造業です。先代社長は70歳となり、長男が次期後継者として社内で経験を積んでいました。A社の株価評価は数億円に上り、もし一般の贈与や相続で株式を移転した場合、長男は数千万円単位の贈与税・相続税を負担する必要がありました。
この状況に対し、A社は税理士のサポートを受けながら、特例事業承継計画を策定し、特例事業承継税制の適用を受けました。これにより、長男は多額の贈与税を納税猶予され、その資金を新たな設備投資や人材育成に充てることが可能になりました。結果として、事業の競争力は維持・向上され、従業員の雇用も安定しました。
この事例のように、事業承継税制を戦略的に活用することで、後継者は財務的な不安を軽減し、本来の事業成長に集中できるという大きなメリットを享受できます。
まとめ
事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を強力に支援する制度ですが、その適用には複雑な要件と厳格な手続きが伴います。後継者の皆様がこの制度を最大限に活用し、事業の持続的な発展を実現するためには、早期からの計画立案と、税理士をはじめとする専門家との密な連携が不可欠です。
本記事で解説した内容が、皆様の事業承継プロセスの一助となれば幸いです。個別の状況に応じた最適な判断を行うためにも、必ず専門家にご相談いただくことを強く推奨いたします。